エリザベス朝のファッション(2)
黒衣に真珠をつけた女王エリザベス
Quentin Metsys the Younger作 シエナ/ピナコテーカ美術館蔵
エリザベスは、即位するまで目立たぬようにしていたためか、その反動として
女王になってほどなく、ファッションに対して華美になっていきました。
1564年のスコットランド大使メルビルの報告によれば、エリザベスは「毎日衣装を変え
金髪を賛美させ」メアリー・スチュワートと同じぐらい「美しいと」言わせていた、と
の事です。
もっともエリザベスの髪は、我々が想像する金髪(プラチナ・ブロンド、アッシュ・ブロンド)
とは異なり、限りなく赤毛に近い赤みがかったブロンドでしたが、英国の概念では、
それでもブロンドの範疇に入るそうです。
エリザベスは80個ものカツラを持ち、ドレスや装飾品は海外の使節達に見物できるよう
展示してありました。遺品には、6000着ものドレスが残されておりました。
晩年には赤いカツラを好んだために、残された肖像から地毛を想像するのは難しいです。
1562年に発令された贅沢禁止令(Sumptuary laws)によれば、平民に女王と同
じファーチンゲール(張り型のスカート)とラフ(襞襟)の着用を禁止しました。
女王に任命された4人の市議会員が、全国民に法令に違反していないかどうか、吟味した
といいます。男爵以下の身分の者による、種類を問わず1ヤード以上の長さの布を使った
衣服、またはタフタやベルベットやサテンの布の使用が禁止されました。
これは偶然にもロシア・ロマノフ王朝の同名の女帝エリザベト(ピョートル1世の娘)
が命じた、家臣は女帝が好む「ピンクを着てはならない」という掟を連想させます。
もっともエリザベト女帝の場合、自分以外の者は貴賤を問わず、一切禁止したのですが。
1584年ルーポルト・ファン・ベンツェルの報告によれば、エリザベスは「銀糸と真珠で
君主らしく刺繍された黒ビロードの喪服だった。穴が多く、透けて見える銀色の衣装を上
にかけていたが、麻布が縫い目にへこむように縫ったものだった。全体に箔を散らした
ような印象があった。そういう物を衣服の上に上着のように長くかけていた」
この記録から推測するに、エリザベスはこの時、黒地に真珠と銀糸で飾り付けた、だが
黒の印象の濃いドレスの上に、透けるようなメッシュ生地で、穴の縁を銀糸でかがり、
全体として銀色に見えるような薄物のベール風ガウンを身につけていたものと思われます。
英国刺繍は、修道院が廃止されるまで、数世紀に渡って聖職者が主流でした。
おそらく今でもパリの中世美術館で見られる司教や神父の華麗な聖職服を飾ったものと
似た刺繍が、英国一般にも普及したのでしょう。
16世紀の主流になったのはブラックワークBlackwork といわれる手法で、一般的には
モノトーンの色彩からなりますが、希に暗い色彩、深紅にも刺繍されていました。
幾何学模様が主でした。時にスパンコールや金銀の糸が使われました。
ブラックワークの代表的な文様
参考資料
Paula Katherine Marmor by The Blackwork Embroidery Archives
モードの生活文化史 マックス・フォン・ベーン 河出書房新社
女帝エカテリーナ アンリ・トロワイヤ 中公文庫
Eliizabethan sunplary statutes by Maggie Secara,
→エリザベス朝のドレスの着付け